あい死てる.com

とある若手声優ガチ恋女のブログ

推しの言葉で世界はきらきら

めっっっちゃくちゃ嬉しいことがありました。推しにリプライの返事を頂いて、もうそれだけでも嬉しいことなんですけど。


「手紙とリプライ読んでるよ!いつもありがとう!」


という内容だったんですね。

もう本当に嬉しいです…。手紙読んでるよ、だけでも嬉しいのに、「ありがとう」なんて最高の言葉までもらってしまっていいんですか?

毎度悪い癖なのでやっぱり「文章ではなんでも言えるもんな……実際ありがたくなくても書けるもんな…」と思ってるんですけど、それでも、嘘でも嬉しいです。嘘じゃなかったらもっと嬉しいです!!なのでこればかりは嘘じゃなくて本当にありがとうって思ってもらえてることにします。レベルの低いオタクなので、もうこれでオタクとして報われてしまいました。今後はも〜〜〜〜〜少しだけ前向きに応援できそうです。



推し、こちらこそいつも応援させてくれてありがとう。下手くそな文章読んでくれてありがとう。これからもどうか応援させてくださいね!大好きです!

推しの吐いた煙を酸素にして生きたい

お久しぶりです。生きてます。推しの仕事がなくて、まあ今に始まったことじゃないんですけど、書くことがないというのが正直なところ。推しのお仕事ください…。


推し事に忙しい人を見ると大変そう…と心配になる反面、たくさん会う機会があっていいなあ、いろんな声が聞けていいなあ、と思ってしまいますね。1回の思い出で何年生きていかなきゃならないんだろう……とネガティブになったりもしますけども、きっとこれから時代が来るはずなので。そのうち10万くらいフォロワーがいる声優になりますし。そしたらわたしは「この人のフォロワーが5千人の頃からわたしは好きだったから!!!!」と叫びたいと思います。5千人。余裕で遅いですね。新参ですね。悲しい。


わたしの推しは喫煙者です。これがタイトルのネタですね。禁煙に失敗した経験アリ。わたしはタバコ吸ったことないし吸うつもりもないですが、吸ってる人はやめるのかなり難しいんだろうなとは思います。ないと無性にイライラしたりするものなのかなあ。


友人の好きな声優は禁煙してから声が良くなったそうで。やっぱり声の仕事にタバコってよくはないんだろうなー…。そもそも安いものじゃないし、とも思いますね。ただ辞めることでストレスが溜まるなら、減煙するとかでうまいこと付き合っていってほしいなと思います。


相変わらずまとまらない記事。そろそろ今月のお手紙を書きたいです。

推し好きな人が好き

俳優や声優が好きな方のブログを読むのがマイブームです。ブログ始めたのもそれが理由。わたしは専ら声優オタクで俳優はさっぱりなんですけど、用語とか調べながら読んだりして。楽しいです。



つらいけど推しが好き!苦しいけど推しが好き!推しが好きで楽しい!って人を見るのがすごく楽しいですし、何よりみなさんの書いてることってどんなことでも「ああ、推しが好きなんだなあ」ってすご〜〜く伝わってきます。そういうブログを読むのが大好きです。こんなに愛されてこの方の推しは幸せだなあと思います。
わたしはオタクが好きなオタクなんだと思います。嫌いなオタクは嫌いですが。


そんなわけで(?)いろんな方のブログを読みたいんですが、はてなブログに俳優声優のオタクって少なくないですか!?わたしが見つけられてないだけなのかもしれないんですが……皆さんオススメのブログがあったらコメントでこっそり教えてください!!!!承認制なので!!!!!!!!(がっつくオタク)

推し好き…

前の記事読んでくださった方、変なもの見せてしまってすみません。立ち直りました、というか結局推し好きに戻りました。前と同じように推しバカオタクやってます。
死にたい死にたいと思いながら推しのDVD見たら1日ぶりに笑顔になって、ああ結局推しでこんなに落ち込んでも元気にしてくれるのも推しなんだなって気付かされました。推し好きです。


あと、件の記事と過去記事をいくつか削除しました。特に大きな理由はないんですが前の記事は残しておくのが嫌だったのでです。これから楽しい話題が増えるといいなー。

推しのためになれない

こちらのエントリー、書かれたのは俳優オタクさんなのですがあまりにわかりすぎました。わたしだけじゃなくて、こういう人はたくさんいるんですね…。


わたしはとてつもなく情緒不安定です。推しでも推し以外でもすぐ落ち込んでくよくよします。周りからは「考えすぎ」「ネガティブすぎ」とよく言われます。自分でも多分そうなんだろうなあって… なんかもう、もはや被害妄想の域なんですよね。自分でもこの性格辞めたいです。辞められないけど。


お手紙出して、気分がいい時は「推し〜〜〜〜!!!!お手紙出したよ読んで〜〜!!!!」って思ってます。でも落ち込んでる時は「字が汚くてごめんね…読まなくていいから捨ててね…紙のゴミ増やしてごめんね…本当にごめん…」。

わたしは一度スマホのメモに下書きして手紙を書いてるので(次に出す時同じ内容のことを書かないように)見返すことができるのですが、初めて出した手紙が今見ると気持ち悪すぎてびっくりしました。わ、わたしはこんなものを推しに……!?!??!! あまりにショックすぎて次の手紙に「1通目気持ち悪くてすみません」ってことを書きそうになったんですけど、そんなの書いた方が気持ち悪いし重いしウザいよね……ということになりました。思い留まれてよかった。


推しが本当に好きだから手紙にたくさん好きって書いてしまう。推しのここが好き、こういう考え方が好き、あの時のあの言葉が好き……全部が好きです。推しの全てが愛しくて愛しくて…気持ち悪いなって思います。自分が推しだったらわたしみたいなのに好きだなんて言われたら寒気がしますし。



わたしの推しはとっても優しくて素敵な人です。「お手紙が一番嬉しいです」と何度も言っています。例えそれが建前でも、わたしは彼の一番嬉しい方法で応援したいと思っています。
だけど彼の喜ぶお手紙になれているとは到底思えないです。文章を考えて何度も何度も見返してやっとの思いでポストに投函しても、やっぱりこんな手紙を受け取っても推しは迷惑なんじゃないか、不快じゃないか、嫌な気持ちにさせてないか、そんなことばっかり考えてしまいます。いいファンでありたいし、推しにいいファンだと思われたい。でもその考え自体がキモくて重いのかもしれない。毎日のリプライも、長いばっかりでうんざりしているかもしれない。それは推しの性格が悪いんじゃなくて、わたしが気持ち悪くて重くてうざったいオタクだから。


どうしたら推しに喜んでもらえるんだろう。どうしたら自信を持って、気持ち悪いかななんて考えないで「好きです」って言えるだろう。推しを好きな自分を好きになれるだろう。





それでもわたしはまた手紙を書きます。気持ち悪くても、重くても、「またお前かよ」と思われるようになっても。

推しと結婚したい


ガチ恋のゴールって、多分その人その人によるものなんだと思います。
そんな中でわたしは、所謂ツテもないし地方住みで顔は目を引くような可愛さもなく普通どころかブスで、あまりに望みのない人間で。同じ世界の同じ時代を生きているだけで、そこに、何かが狂ってわたしを見てくれるんじゃないかと1%未満の希望で夢を見てしまっている、かわいそうなオタクなんですけど。



わたしは推しと結婚がしたい。



わたしは完全に結婚願望の「ない」人。学生時代に結婚願望がある人、と聞かれ挙手したのがわたし以外全員だった時、「あ、自分は少数派なのか…」と思った。女の幸せは結婚して子供を産むことだという風潮がクソほど嫌いで、結婚=幸せなんてことあるわけがないって思ってる。むしろ結婚は人生の墓場だとすら。それが推しとは結婚したくて仕方ないんです。


そもそも結婚したいという気持ちは、何をしたくて、どうありたくて結婚という形をとりたいのかと考えた。わたしは「推しの傍にいたい」んだろうな。デートしたいとか、キスがしたいとか、それ以上のことがしたいとかじゃなくて、傍にいたい。推しが悲しい時に隣にいて支えられる人間になりたい。嬉しいことを、一番じゃなくても、呟く前に教えてくれるような存在に。傍にいられる権利が、いていい理由がほしい。法の誓いで安心したい。人の気持ちは変わっていくのが当たり前のもので、離れてしまう。それなら、例え脆くても結婚した夫婦という関係で、縋れるものがある方がいい。



叶わない恋はつらい。わたしは今までは二次オタで、二次元のキャラに夢豚もしてきてます。二次元は叶う叶わない以前の問題というか、そういう風に考えることがない。身も蓋もないけど、相手は何もかもがフィクションだから。
だけど推しは三次元で、リアルで、心がある。絶対に無理だと分かっているのにそれでももしかしたらと思わずにいられない。どこにもわたしの求めるようなもしかしたら、なんてないのに。


推しにガチ恋をしてから、繋がりという言葉を知って、そういう掲示板があることも知りました。読んでいたら、「ファンからは無理」という意見が大半でしたし、そんなのは最低な馬鹿のすることだって意見もたくさん見ました。ファンからじゃない繋がり方が普通みたいです、自分もよくわかってないんですが…。

わたしは自分に少しでも可能性がほしい。推しがファンに手を出すような声優でもいい、むしろそうであってくれたらいいのにとさえ思ってしまう。推しが最低であることを望むなんて、我ながらどうしてこんなに性格が悪いのか悲しくなる。推しが好きなだけなのに、推しを好きなわたしは世界一嫌な女だなあ。

推し、生きてました


昨日推しが生きてるかという記事を書いた直後、生存確認がとれました。元気ですとの事なので安心しました。その一言が見たかったよ。




ちょっと色々あって、昨日はかなり鬱々とした気分でした。漠然とした不安と焦りと悲しさとつらさとしんどさと「どうして社会に適合できないの」「どうして何をしてもだめなの」「どうしてこんなにゴミなのクズなの」って気持ちに押しつぶされて生きたくない、死にたい、消えちゃいたいと思ってました。こういう気持ちは自分にとってよくあることなのですが、だからと言って慣れるわけでもなく。

朝方までずっとそんなんでようやく寝て起きたら推しのツイート通知がきてて。慌てて開きました。

推しの生存報告ツイートは、自分が元気です、だけじゃなくて皆さんも元気でというような、こちらへの応援も含まれている呟きでした。



どうしてこんなタイミングでそんなこと言ってくれるんだろうと、泣きそうになりました。推しはわたしがしんどいことなんて知ったこっちゃありません。「わたし」ではなくて、「皆さん」へのメッセージです。ありきたりな、暑さに気を付けて的なものです。ええ、じゅうぶん分かってます。勘違いなんて承知の上です。わたしの気持ちとこのブログは100%の勘違いで成り立っています。



推しはわたしがつらいときにどうしてこんな優しいツイートをしてくれるんですか。本当にずるい。推しはわたしを勘違いさせるのが上手い。何回そうやって勘違いさせて、どこまでわたしを好きにさせたら気がすむの?もう引き返せないガチ恋になったのに。今日また推しのこと好きになっちゃって、離れられない。私信なわけないのに、わたしが心配してるの見て、そうやって言ってくれてるのかなあなんて考えてしまう。特技が妄想と勘違いのお花畑脳みそだからごめんなさい。

「元気です」の一言だけでいいのに、どうしてどうでもいい人を励ましてくれるんだろう。優しくしてくれるんだろう。推しの優しいところがわたしは大好きです。